■NO 137号 モピ通信

■NO 137号           2013年6月1日

編集・発行 : 特定非営利活動法人 モンゴルパートナーシップ研究所

 モンゴル国科学省から表彰されました

 日本・モンゴル民間交流会報告

 東京・ウランバートル3000キロメートル(その16)

 ノロヴバンザトの思い出 その39

 柏原市国際交流フェスティバルに参加しました

 編集後記

 

 

 モンゴル国科学省から表彰されました

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小長谷教授表彰チョナイ・クランダ総領事から表彰状を手渡さ れる小長谷教授(左)

長年モンゴルの文化や暮らしを研究し、先月、紫 綬褒章を受章した小長谷有紀・国立民族学博物館教 授(55)が7日、モンゴル国教育科学省から教育功 労賞、優秀学術研究者の記章と感謝状を贈られた。 小長谷教授がモンゴル留学中の同窓生だったという チョナイ・クランダ駐大阪モンゴル国総領事が表彰 状などを手渡した。

小長谷教授は「当時社会主義だったモンゴルでの研究は苦労もあった。モンゴル国政府か ら賞が頂けるとは想像もしていなかったのでうれしい」と喜びを語った。小長谷教授は、現 在大阪市立自然史博物館(東住吉区)で開催中の「発掘Iモンゴル恐竜化石展」(読売新聞社 など主催、同総領事館後援。6月2日まで)でも関連イベントを通じてモンゴル文化を紹介 するなど、両国文化交流の橋渡し役を務めている。(5/8 読売新聞地方版)

 

 日本モンゴル民間交流会報告(5月25日,民博)

 

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総領事クランダ氏(カザフ族の女性)と 小長谷先生

MoPI の皆さん、在大阪モンゴル総領事の列席、 加えてモンゴル留学生や日本の学生達との集い は和やかな雰囲気の中で盛り上がりました。モ ンゴル学生の民族楽器による日本の歌 – 北 国の春の演奏もすばらしかったです。

また大変お世話いただき感謝申しあげます。 (堀田勝平)

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 東京・ウランバートル3000キロメートル(16)

– NPOニンジンのツァー その1 –

(梅村 浄)

<ツァーの始まり>

このゴールデンウィークに NPO ニンジンのツァーに参加しました。ニンジンとはモンゴル語で「人道的な」という意味です。4 月 27 日に、整形外科医夫妻、小児科医(私です)、機能訓練士、車椅子制作会社社長、社員、障害当事者(娘です)と事務局長の 8 人が成田空港に集合しました。ウランバートルは 雪が降って寒いとメールをもらっていたものの、東京は春たけなわだったので、皆、軽めの ジャンパー姿です。トランクに冬コートを詰め込みました。えーっ!係員から「お客が満席で荷物も多い。飛行機の積載重量を越えるため、車椅子は 2 日後の便で送る」とのお達しが来ました。さあ、困った。昨年も悪天候のため大幅に飛行機 が遅れて「翌日飛ぶのなら」と車椅子をトラックで運ぶのを控えておいたところ、急に出発 時間が早まり、急遽、トラックを手配し直すトラブルがあり。変更には慣れているメンバー だったのですが、ぎりぎりで積み込み OK となり、ほっとしました。

5 時間後にチンギスハン空港に到着。昨年夏に訪問した時は、市内へ向かう道路は大雨後で アスファルトがはがれ、凸凹で水たまりができていました。今年は外国からの訪問客に備え た大幅工事の成果か、私たちが乗ったツァー会社の大型バスはスムーズに市内を進んで行き ました。また、混雑解消のため、曜日によりナンバープレート規制が始まっていました。下 一桁が奇数か偶数かで、乗っても良い日が決められているのです。4 輪駆動の車ばかりではな く、プリウスなどのセダンもふつうに見かけられました。泥だらけでべこべこの車は少なく なり、車も道路もこぎれいなのです。発展途上国モンゴルの底力を見せつけられました。しかし、寒̶ い。道の両脇の樹や草むらはまだ茶色。慌ててセーターを取り出して着まし た。

<親の会でのセミナー>

着いた翌日に障害児親の会、次の日はヤールマグ外来病院で、両親に向けたセミナーを行いました。まず、整形外科医である中島さんが障害児療育の必要性について、日本の歴史を 話しました。日本語をヒシゲーさんがモンゴル語に通訳してくれます。戦前、日本では肢体不自由児は就学免除をされて、学校に通えず、社会の厄介者扱いされ ていました。一つ目のパワーポイントは『三人の夢』と題して東京大学整形外科の初代教授 を務めて退官した後、東京都市議会議員となって、肢体不自由児のために光明学校(現在の 都立光明特別支援学校)を作った田代義徳、肢体不自由児の療育施設「整肢療護園」(現在は 心身障害児総合医療療育センター)を設立した高木憲次、肢体不自由児の私立学校「柏学園」 を立ち上げた柏倉松蔵の足跡をまとめた内容です。田代、高木両医師は東京大学整形外科の 教授で、中島さんの大先輩にあたります。二つ目は 40 年前に練馬区で親と専門家が力をあわせて、脳性麻痺児の地域療育を始めた記 録で、中島さん自身がかかわった活動として熱をこめて語られました。中島さんには北療育園(現在の北療育センター)で、涼が幼児の頃、左足の補装具作成す る際にお世話になったことがあります。「お母さん、この子の世話をそんなにしたいのかなあ。 小児科医として、自分の仕事がやりたくないんですか」と言われました。その時は「よけい なお世話」と思いましたが、子どもに障害があっても、ふつうに仕事を続けていくように励 まされた一言だったんだなと納得できた、30 数年ぶりの出会いでした。最初は少ない人数で始まったのですが、三々五々、お母さん、お父さんが車椅子に載せた 子どもを連れて会議室に入ってきます。40 年前、娘が幼児の頃は、障害を持っている子どもは公立保育園に入園できない時代でし た。ちょうど今のモンゴルも同じような状態です。私は当時の経験を親の立場で話しました。 涼はその後、小中高校で過ごした様子をパワーポイントの写真で見てもらいながら報告し、 現在、介護者に助けられながら自立生活をおくっている様子を語りました。

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ヤールマグ外来病院で 2013.4.29 槙ひさ恵撮影

<話せない子が意志を伝えるための方 法は?>

親の会では午後から、脳性麻痺の子 どもの言語指導をしました。男の子は 11 歳。歩くことはできますが、ことば の発音が難しいお子さんです。NPO スジャータシャンドの保育士である高橋さんが、毎週 1 回自宅を訪問しています。高橋さんのサ ポートを得て、口の運動、発声練習をみせてくれました。「あ」「う」「お」はかろうじて言え ますが、他の音は発音ができないので、相手に伝わるようにことばを話すことができません。 ではどうしたら、彼はコミュニケーションができるでしょう。丸い大テーブルの周りに、言語指導に関心があるお母さんと子どもたちが 10 数人坐って見 学です。男の子は高橋さんと一緒に、モンゴル語で書いた文字カードを使って、ツォイワン (モンゴルの焼きうどん)を作る方法を教えてくれました。「水」と「小麦」の文字カードを とって、まぜてこねてから、伸ばして切ってゆでる動作をします。「野菜」と「肉」の文字カ ードを手にして、さっき作った「ウドン」といためて「塩」の文字カードを選んで、上にか けて出来上がり。話せない子どもは、文字と動作で伝えることができるんですね。その子が伝えたいものの絵を描いて集めたコミュニケーションブックを作れば、必要な時 に指さして使うこともできます。皆で絵を描いてみましょうと、紙と鉛筆を配って、しばし、 皆でお絵描きタイムを持ちました。1回の指導で、見学に来たお母さん達に伝えられたかどうか、自信はありませんが、男の 子と握手をして、帰りを見送りました。言語聴覚士が職業として確立していないモンゴルで、 子どもに寄り添い続けながら、長期にことばの指導をする人がみつかりません。どうしたも のかなあ。と思案しながらの別れでした。

(2013.5.26)

 ノロヴバンザトの思い出 その39

(梶浦 靖子)

二回目の夏

大ナーダムが終わるとウランバートルは静けさを取り戻した。観光客もほとんどなく、 親類の牧民のもとへ里帰りする住民も多く、首都の人口は夏のあいだ激減する。外国人留 学生も一時帰国する者が多いが、私はこの年も帰国せずにいた。ノロヴバンザドも故郷の ドンドゴビ県で夏を送るため会えず、ひと気の少なくなった寮で本を読んだり、ボーツと して過ごすことが多かった。さいわい、友人のエンフチメグはいたので、たまにウランバー トル郊外のゾスラン(別荘)に連れていってもらった。

別荘といっても社会主義時代に国から支給されたバンガローのような小屋で、それが山 の斜面に数+軒建ち並んでいるのだ。中は普通の家とだいたい同じだが、水道が通ってお らず、近くの給水所に汲みに行く。電気はあるので、電熱器で調理したものを食べたり、 レコードをかけたり、トランプなどをしたらあとは昼寝をして過ごした。

そのほかは、寮のノミン・サン(図書室)とは名ばかりで、ピアノが一台あるだけの広 い部屋で発声練習をした。しかし、自分が歌っていると知られながら、練習の様子を人に 聞かれるのが恥ずかしく、また誰かが鍵を返し忘れて部屋を使えない時も多かったので、 たまに少し遠出をし、野山で発声練習をするようになった。体力的にもよい訓練になった が、危ない目にもあった。相手が一人だったからどうにか逃げられたが、かなり怖い思い をした。

 

近くの民家の人が、大丈夫か?と声をかけ、私を家に招き入れ休ませてくれたし、後日 話を聞いたエンフチメグは、わがことのように憤り、警察に届けましょう!と私を引っ張っ ていった。そのように気遣ってもらえたことのほうが記憶に残っている。警察では話を聞 いてもらったものの、あまり所かまわず行ってはいけないよ、とこちらが注意されてしまっ た。エンフチメグのほうがくやしそうにしていて、

「その人は特別に野蛮な人です。みんながそんな風だなんて思わないで!」

と言っていた。私のことで一生懸命になってくれたことに恐縮した。それで、あとは大 使館に届け出ただけで、このことは忘れることにした。こうしたことが再び起こらないよ うにと、問題を追及するべきだったろうか。寮の部屋割りで強く抵抗した時とは我ながら ずいぶんな違いだった。周りの人間の対応で気が治まってしまったのかも知れず、留学生 活にも慣れて、いくらかたゆんでいたかもしれない。ちなみに、そうした事件があったにもかかわらず、野山での発声練習は、少し場所を変 えて秋深まる頃まで続けた。そして、数十~百メートルくらい向こうに人影が見えたらす ぐ逃げるようにした。寮で人に聞かれるよりも、危険をおかしてでも人に聞かれずに済む ほうをとったわけだ。我ながらどうかと思う。決してまねするべきではない。 10 月末ごろ、 風がすっかり冷たくなり、寒気がダウンコートもつき抜け肌を剌すようになってようやく、 やめることにした。本当に、我ながらどうかと思った。夏休みの話をするはずが、初冬まで行ってしまった。

また夏休み明けまで話を戻すことにする。

 

 柏原市国際交流フェスバルに参加して

大阪教育大学教授 城地 茂先生からコメントをいただきました。

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大相撲でモンゴル出身力士が活躍しているように、モンゴルはとても親日的な国で、大阪 教育大学へも、留学生が来ています。 地下資源が豊富だということもあり、これら を開発する人材育成を目指しているとのこと です。また、中国には内蒙古自治区があり、モンゴル族の地域ですので、国籍は違いますが、 モンゴル族の留学生も来日しています。今回、大阪教育大学、柏原市の共催で国際フ ェスティバルを開いたのですが、モンゴルパー トナーシップ研究所のご協力により、ミニゲル を立てて頂きました。大阪教育大学のモンゴル からの留学生も一緒に地域交流に参加するこ とができ、日本とモンゴルの草の根交流に努め ることができた一日でした。特に、煌びやかな衣装に人気が集まりました。

 

 大阪教育大学国際フェスティバルに参加して

(伊藤 知可子)

柏原校は 歩いて通学するのは大変だろうなあと思うぐらいの山の上にありました。その分緑が多く、 静かで 自然に恵まれた環境で学問ができるのはう らやましいと思いました。この日五月祭が行われ、その一環として留学生が中 心の国際フェスティバルが行われました。色々な国の 留学生が模擬店を出したり、文化を紹介したりしなが らお互いの交流を図るためのものだったようです。モ ンゴルからの留学生は、今年度は2人(モンゴル国1 人、内モンゴル1人)この2人のお手伝いをするため にモピも参加しました。

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室内にミニゲルを建て、デ-ルの試着やモンゴル占い、写真でもモンゴルを紹介しました。 占いは大繁盛で にわかモンゴル人の村上さんはお茶を飲む暇がないぐらいでした。村上さ んの占いも板についてきて、そばで聞いていても楽しかったです。試着にもたくさんの学生がやってきましたが、国際色豊かで、外国からの留学生が多かっ たです。もちろん女子学生は 色彩がきれいなデ-ルを着て、はしゃいでいましたし、試着 したまま なかなか帰ってこない学生もいました。中には抱いていたぬいぐるみのウサギに 子供用のベストを着せ、写真を撮って大喜びをしていました。この女子学生は、フェスティ バルが終わるまで、着せたままだったのです。また、舞台もあり 色々なダンスや歌、演奏などが行われ、モピ会員でもある品川さんの 馬頭琴演奏も行われ、モピのアピ-ルもさせてもらいました。暑い中での演奏だったので、 品川さんは汗だく。デ-ルを着た高校生やモンゴル留学生にも舞台に上がり、モンゴル語を 紹介してもらいました。大学生の若いエネルギ-を感じた一日でした。

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ミニゲル担当 (鈴木 聡)

5月18日大阪教育大学・大阪府柏原市共催のイベントに参加しました。

今回は、数回にわたるメールによる打ち合わせの他、事前に直接大学に訪問させていただき、 綿密な打ち合わせと会場の下見を行い、開催日前日に搬入と設営を済ませ、当日はモンゴル の留学生を始め多くの学生さん、大学関係の方々の全面的協力を得て大好評のうちに無事終 了しました。ご協力頂いた皆様ほんとうに有難うございました。イベントでは事前の打ち合 わせと全面的なご協力こそが、多くの皆様と一緒に楽しい時間を過ごす事ができる大切な要 因であることを改めて痛感しました 。

モンゴル占いを担当 (村上 雅彦)

大阪府柏原市にメインキャンパスを置いてい る大阪教育大学が外国籍留学生や、市内在住の外 国住民と柏原住民とのふれあいを目的に 柏原市役所市民ふれあい課の協賛で行われた国 際交流にモピとして参加した。

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モピ参加内容 :

1.ミニゲル設置・解体作業披露

2.モンゴル衣装デールの試着

3.品川さんの馬頭琴演奏(壇上にて)

4.伊藤さんのモピ活動紹介(壇上にて)

5.モンゴルシャガイ占い

6.日本・モンゴル留学生を中心に5名によるデール衣装を着てのダンス披露

5.モンゴルシャガイ占い

6.日本・モンゴル留学生を中心に5名によるデール衣装を着てのダンス披露

終日天候にも恵まれ、大学の国際センター教授、学部事務方のフルケアーのもと成功裏に 終了できた。大学は緑に囲まれた空気の良い環境に恵まれた場所ですが、最寄り駅より急勾 配の坂を登らねばならいな立地でキャンパスが建設されて既に20年ほど経っているとのこ とです。

 

 編集後記

4月、5月は行事が多く準備、後始末など多忙な日々でした。この中で、理事である小長谷 先生の紫綬褒章受章は、大きな喜び事でした。いろいろな行事には、モピスタッフ、会員の 方々に支えられて成り立っています。ありがたいことと感謝しています。

これからの季節、大変な暑さが続くことと思います。お互いに無事に過ごせますよう願っ ています。今年の総会で、モピ通信の発行を隔月にしては?というご意見がありました。

経費節減も兼ねて記事の少ない時は、次号にまとめてと「適応した対応をしましょう」と いう事になりました。今後、発行しない月もありますので了解してください。お願い申し上 げます。

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