■NO 138号 モピ通信

■NO 138号           2013年7月1日

編集・発行 : 特定非営利活動法人 モンゴルパートナーシップ研究所

 

 東京・ウランバートル3000キロメートル(17)

 ノロヴバンザトの思い出 その40

 ご案内

 大阪教育大学から感謝状がとどきました

 初夏の風物詩

 モピ現在の動き

 編集後記

 

 東京・ウランバートル3000キロメートル(17)

– NPOニンジンノツァー その2 –

(梅村 浄)

<小児科医に相談したいこと>

モンゴルの春は突然、やってきます。最初の数日間、夕方はセーターかダウンコートを着 ていましたが、以後は太陽がでると暑く、半袖でも過ごせるようになりました。もっとも、 寒がりの私は青色のゴアテックス・ジャケットが手放せませんでしたが。ここモンゴルでは、年間を通じて、降水量は日本の 10 分の 1 で、めったに雨は降りません。 人々が心待ちにしていた春の雨が降ると、茶色だった草原がうっすらと緑色に変わってきま す。

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テレルジ岩山
2013年5月1日 梅村浄 撮影

整形外科医の中島さんと PT(理学療法士) の諸石さんは、数日間にわたって時間区切 りで、ヤールマグ外来病院や母子センター で脳性麻痺の子どもを診察し、運動訓練を して、医師や PT の研修を行いました。車椅 子チームは日本から運んだ車椅子やバギー を、乗り手の身体に合わせて調整するのに 大活躍。本人に合う車椅子がもらえるとい う話をききつけた親子が、300 キロメートル先から車でかけつけて、寸法をとってもらい、来年の到着を楽しみに帰って行ったという報 告もききました。つかれるとてんかん発作を起こしやすい涼が、スケジュールから抜けて一息入れるために、 3日目の日本大使館やモンゴル人口発展・社会福祉省副大臣の公式訪問には行かず、半日ホ テルで過ごしました。この空いている時間に、個人的に依頼のあった親子の相談にのりました。

ホテルの朝のラウンジは、閑散としています。日本に 2 年間滞在して日本語を勉強した若い女性が、通訳してくれました。4 歳の女の子でした。お母さんだけが来て、病状を説明して くれました。四肢の麻痺と緊張が強く、食べ物を噛んでのみ込むのが難しいようです。最近、 肺炎を起こしましたが、原因は誤嚥にあるのかもしれません。新生児期の黄疸で脳性麻痺に なったと言われたが、別の原因かもしれない。有効な治療法があれば、教えて欲しいという ことでした。午後から相談に来たのは男の子、2 歳です。両親とお兄ちゃんも来ました。お兄ちゃんはす ぐ飽きて、お母さんと一緒に外に遊びに行ってしまいました。生後 7 ケ月からてんかんの発 作が起こって、頚が坐らなくなり、周りの人やモノに関心を示さなくなりました。タイ、韓 国、アメリカに相談に行ったが、最近、発作が頻繁に起るようになったので、日本の専門病院での治療を希望していました。

小児科医の役割は治療にあります。大学卒業後しばらく、国立病院に勤務していました。 40 年以上前のことです。未熟児・新生児室があり、見舞い時間には赤ちゃんのコット(新生 児用のベッド)を、窓の方にずらせて、家族に見せました。保育器もあり、新生児黄疸の治 療をする光線療法は当時から定番の治療法で、呼吸状態の悪い子どもに人工呼吸器が導入さ れ始めた頃でした。乳幼児と小学生(まれには中学生)も入院していました。半分は肺炎や下痢などの急性感 染症を中心とする急性期病棟、半分は長期に治療が必要な血友病やネフローゼ症候群の子ど もたちが入院する慢性期病棟に分かれていました。新米の小児科医が腕を振るいたいと思うのは、未熟児・新生児室や急性期病棟です。親が 小児科医に「我が子を治して欲しい」と求めるのは当然で、互いの関心はぴったり重なりま す。̶ 私が現代の医療では治せない病気に関心を持って、言語障害学の勉強を始めたのは、 娘が左片麻痺になって回復しないと思い定めてからですから時間がかかりました。

モンゴルではミレニアム開発目標として 2000~2015 年に乳児死亡率を 3 分の 1 に減らす目 標を掲げ、達成することができました。乳児死亡率は 2011 年度で 1000 人の乳児について 10.2 人となりました。ちなみに日本では 2 人、コンゴ民主共和国は 112 人です。草原地帯を移動 している遊牧民が出産する場合、妊婦は村の病院に予定日より 2 週間前に入院して、出産に 備えます。子どもの死亡原因としてお産による死亡の次には、肺炎が高い割合を示していま す。モンゴルは開発途上国の中では、短期間で新生児・小児医療の改善に善戦していると言 えます。どこの国でもその時代の医療事情があり、今、出来る治療と出来ない治療があります。母 子センターで中島医師の診察に立ち会った時、黄疸後遺症と思われる子どもが来ました。見 学していた医師は「光線療法の器械はユニセフの寄付で、国内すべての病院に配布されてい る筈だが、この子どもが住んでいる地域の病院では見かけなかった」と語りました。現代医 療の設備は広い国土全体には、行き渡っていないようです。モンゴルで小児医療の改善に直 接手を差し伸べるのは、ニンジンの役割ではありません。親や周りの人々が、障害に早めに 気づき、障害を持っている子どもたちの適切な育児ができる場づくりをするにはどうしたら いいのか、手探りしながら、今回の専門家派遣ツァーを行いました。

<ヤールマグ外来病院長との話>

ツァーも終わりに近づいた 5 月 3 日の夜に、ヤールマグ外来病院の院長がホテルに尋ねて来ました。

私たちが滞在しているエーデルワイス・ホテルから、車でチンギスハン空港に向かう道路 を 40 分ぐらい行くと、両脇に広がる草原とゲル集落の端に、緑色に塗られたヤールマグ外来 病院が見えて来ます。モンゴルでは住民はまず、自分の住んでいる地区の家庭病院で診察と 治療、予防接種などを受けます。ヤールマグ外来病院は、家庭病院から紹介されて来た患者 に、より専門的な治療を行っています。

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NPO ニンジンのメンバー ハンオール地区にて

2013年4月29日 梅村浄 撮影

この病院のあるハンオール地区で、 NGO スジャータシャンドの高橋生仁子さ んが、障害を持つ子どもの訪問保育に加 え、グループ保育も行い、親たちに手伝 ってもらって活動しています。高橋さん は、まずこの地区で障害児の早期発見と 療育の「はじめの一歩」を踏み出したい と思い、模索しています。

モンゴルでは 3 年前から母子手帳がすべての妊産婦に配られています。子どもたちの栄 養状態を把握し、予防接種のために活用されていますが、まだ、障害に早期に気づき、サポ ートするためには使われていません。ヤールマグ外来病院の医師や家庭病院の医師、看護師 に向けて、母子手帳の活用方法についてセミナーを行いました。別の日には、ハンオール地 区に住む障害児と親に集まってもらって日本の親たちの歩みを話しました。

モンゴルでは民主党政権に移行後、障害を持っている人々の教育や福祉の見直しが行われ て来ました。この日はちょうど政府主催でモンゴルの障害者施策を転換する会議がもたれた 日でした。400 人の障害当事者と 400 人の行政、教育、医療、福祉関係者が集まって、今後の 障害者政策を話合ったということです。会議後のパーティーから抜けてきた院長は、ほんの り赤らんだ顔にドレス姿でした。今後、自分達は何をすべきか問うてきました。

障害の診断を受け、それが医療で治すことができないとなると、親は子どもを捨ててしま う。院長の口から出たことばは、モンゴル語では「ハイフ」まさしく、ゴミを捨てると同じ 単語だったので、衝撃を受けました。個人的に相談を受けた親たちは、一生懸命、治療方法 を探していました。治らないとなると絶望し、その後の子育てを諦めてしまう。障害を持っ ている子どもを、サポートしながら育てていこう、幼稚園や保育園、学校に通わせようとい う制度がない中では、それは無理からぬことです。

それぞれの家庭病院には医師が 3 人位(場所により異なります)いるが、卒業したばかり で経験がうすく、すぐに移動してしまう。ケースワーカーもあてにならないので、長期間同 じ病院に定着している看護師を中心に、乳児健診とその後の支援を担ってもらってはどうだ ろうかと話して、院長との話し合いを終えました。 (2013.6.23)

ノロヴバンザトの思い出 その40

(梶浦 靖子)

ふたたびの新学期

9月になりまた新学期がめぐってきた。国立大学のほうにはまったく出席しなくなっており、私はもっぱら音楽ドラマ劇場ヘノロヴバンザドのクラスに通うみだった。ノロヴバンザドの教えている分化芸術専門学校も新学期のため、やって来る生徒の顔ぶれも変わった。昨年度から引き続き出席しているのは女生徒2名だけで、そこに5、6名の新入生が加わった。昨年は女子生徒ばかりだったが、新たに4、5名の女子と男子も1名いた。ノロヴバンザドのようなみごとな高音に憧れるせいか、オルティン・ドー歌手志望の学生は圧倒的に女子が多く、男子は少ないようだった。ノロヴバンザドはそうした状況を少し案じていた。

「近ごろでは、オルティン・ドーといえば女性の高い声で歌うもののように思われることが多くて、外国からの公演依頼も必ず、女性歌手をと言ってくる。けれど本来は年輩の男性の、低く渋みの効いた声で歌われるほうが多かったのですよ。いま活躍している男性歌手には若い人が少ない。男性のオルティン・ドー歌手がもっと増えてほしいものです」と語ったことがある。

男性のオルティン・ドー歌手の歌声は、低音は重々しく厳粛な響きだが、高音を歌うときは泣き声のように切なげだ。華やかできらびやかな女性歌手のそれとは対照的な趣きがある。現在、日本の大相撲ではモンゴル人力士が活躍し、その強さ勇壮さを知らしめている。男声によるオルティン・ドーはそうした場面によく似合うので、日本でももっと聴かれてよいと思う。

ノロヴバンザドのクラスに振り分けられるのは、彼女みずから選んだ、声量や歌唱力ともに上級の生徒ばかりということだった。私は相変わらず「曲と歌詞は正しく学んでいるのに声量が足らない」と言われ続けていたので、実際にレッスンが始まると新入生たちは、なぜこんな人がこのクラスにいるんだろう?と言いたげな様子を見せた。そうするとノロヴバンザドは生徒たちにこう説明するのだった。

「この娘はオルティン・ドーを学び研究するために日本から来たんですよ。オルティン・ ドーは遠いよその国の人がわざわざ学びに来るくらい世界的に知られていて、価値のある芸術だということです。心して学ぶように!」

私の存在も、生徒にハッパをかけるためくらいには役立っていたかもしれない。

 

歌うための「素材」

「私は『素材』を持っている子にしか歌を教えないのですよ」 とノロヴバンザドは語っていた。「素材を持っている materialtai」とは要するに、オルティン・ドーを歌うのに十分な声が出せることを指している。モンゴル人には、特に歌 の訓練を受けたことがなくとも、素晴らしい声量で「のどがきちんと開いた」声を出せる 人がしばしば見られる。昨年、地方へのバス旅行で出会った中学生の男の子もそうだった。

肉や乳製品中心の食事をとり、遊牧生活にともなう様々な労働で体がきたえられた上で、 広い草原で思い切り歌っていたなら、むしろそうした声にならずにいないだろう。ともか くノロヴバンザドは、発声の基本を教える必要のない生徒を選ぶ。発声を一から教えると いうことはせず、もっぱらメロディーの描き方や装飾発声の入れ方など、芸術的な表現だ けを教えていた。

歌の素質や才能 av’yas といった観念的な言葉ではなく、素材という即物的な語を使っ ているところが興味深い。まるで、歌うための装置のようなものを想定しているかのよう だ。それを備えていることが、オルティン・ドー歌手を目指すに足る最低条件であり、そ うでない者にオルティン・ドーを習わせるのは時間のムダとさえ考えているようだった。 習わずとも声が出せるようになった、いわば「選ばれし者」だけが歌うべきと彼女は考え ていた。モンゴル人一般の考え方はもう少しゆるやかかもしれない。しかしオルティン・ ドー歌手として認められるにはそれなりの資格がいることは間違いない。

新年度が始まりしばらくしたある日、音楽舞踊中学校で歌を教えている TS.デルゲル氏 が、自分の生徒たちを引き連れノロヴバンザドのクラスを訪問した。氏はノロヴバンザド の弟子でもある。細身で背が高い、男性のオルティン・ドー歌手だ。連れてきた生徒の中 から能力の高い者を選び、こちらのクラスでも教えてやってほしいということだった。ノ ロヴバンザドはその生徒たち一人ずつ歌わせながら、「ああなかなか良い」「もっと大き な声で」と声をかけていた。その中の一人の声が妙にしわがれていた。風邪をひいている のでもないようで、発声に癖があるらしかった。

ノロヴバンザドは、なんていう声で歌っているの!」 と叫んだ。 「どうしてこんな声で入学できたの?いったい誰がこんな歌い方を教えたの?信じられない!」 とすごい剣幕だ。オルティン・ドーにふさわしくないばかりでなく、そんな発声を続けていては声がだめになってしまう、ということだった。 誰を採用するかは後で知らせてもらうということで、デルゲル氏らは帰った。帰り際のデルゲル氏にノロヴバンザドは、先ほどの生徒の発声を基礎から直すよう強く言い渡して いた。その後、伴奏のモリン・ホール奏者と相談し、特に「素材の良さそうな」生徒二、 三人を選んでいた。その他は「デルゲルにまかせておきましょう」ということだった。自 分が見込んだ生徒以外は、デルゲル、A.ネルグイといった弟子筋にまわすことにしてい るようだった。(つづく)

 

 ご案内

大阪歴史博物館では、平成25年6月12日(水)から8月5日(月)まで、8階特集
展示室において、特集展示「大阪の凧一木村薫コレクションからー」を開催します。

 

凧は古代に中国から日本に伝わり、子どもの成長を祈る伝統行事など、信仰的な風習と 結びついて庶民のなかに広まりました。遊びとしての凧揚げは、江戸時代に大阪や江戸な どの都市部で子どもだけでなく大人の間でも流行し、禁止令が出るほどにさかんとなりま した。凧揚げは、江戸ではおもに正月に行われ、大阪では2月の初午(はつうま)に行わ れました。時代の流れのなかで、遊びとしての凧揚げはあまり見かけなくなりましたが、 大凧を揚げる伝統行事は新潟県・静岡県・滋賀県・徳島県など各地に残っています。

今回の展示では、日本やアジアの凧のコレクターであり、凧の再現研究にも取り組む木 村薫(きむら・かおる)氏の収集品や再現品のなかから、大阪を代表する「勝間(こつま」 いか」の凧絵の実物や、絵に描かれた大阪の凧の再現品などを中心に、泉州地方の凧など も含めて大阪府内の多彩な凧の姿を紹介します。

     ●会  期  平成25年6月12日(水)~8月5日(月)

            毎週火曜日休館

     ●開館時間  午前9時30分~午後5時(金曜日は午後8時まで)

            (ただし、入館は閉館の30分前まで)

●会 場 大阪歴史博物館8階 特集展示室(常設展示場内)

〒540-0008 大阪市中央区大手前 4-1-32

電話06-6946-5728 ファクシミリ06-6946-2662

http://www.mus-his.city.osaka.jp/

(最寄駅)地下鉄谷町線・中央線「谷町四丁目」駅2号・9号出口

          大阪市営バス「馬場町」バス停前

●観 覧 料 常設展示観覧料でご覧になれます。
大人 600 円(540 円)、高大生 400 円(360 円)

※( )内は20名以上の団体割引料金 ※中学生以下・大阪市内在住の 65 歳以上(要証明証提示)の方、障害者手帳等をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料

●関連事業

学芸員による展示解説

日 時:平成25年6月30日(日)、7月28日(日)、8月4日(日) 午後2時より30分程度

_ 担 当:当館学芸員 伊藤廣之
会 場:大阪歴史博物館 8階 特集展示室内 参加費:無料

     (ただし、入場には常設展示観覧券が必要です)

      参加方法:当日直接会場へお越しください。

 大阪教育大学から感謝状が届きました

モンゴルパートナーシップ研究所 様

拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
平成 25 年5月 18 日(土)に本学において開催いたしました

「第8回かしわら国際交流フェスティバル」に際しまして,多大なるお力添えをいただき心から御礼申し上げます。 皆々様のご協力のもと,留学生,学生,一般市民の方々に参加していただき,大勢の人で盛り上がりました。参加者の方からは,「モンゴルの占いや、台湾茶文化体験をさせて もらいテレビでだけ見でいた世界を少し身近に感じることができた」等のご感想を頂き, 今回テーマに掲げた「ふれあおう!あじわおう!たのしもう!」を市民の方々に感じてもら えたのではないかと考えております。

今後ともお力添えを賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

敬具

国立大学 大阪教育大学

国際センター長 向井 康比己

 

 写真撮影 荒木伊太郎

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 初夏の風物詩

(斉藤 美代子)

ハリアル(халиар)ギョウジャニンニク

6 月に入るとそろそろハリアル摘みに行こうとお父さんから声がかかります。初夏になって 雨も適度に降るようになると、森にはハリアルが生えてきます。初夏のこの時期にだけとれ るネギ族の植物です。今年は娘が初参加してハリアル摘みに行ってきました。

積んできたハリアルはそのまま食べてもきっとおいしいのでしょうが、我が家では塩漬け にします。冷蔵庫から瓶を取り出してきては、スープに入れたり、マントウの中に練りこん だり、年中ちょっとした薬味として使えます。

去年作った塩漬けの日付は 6 月 15 日。今年は 6 月 16 日でした。

さまざまな植物、キノコ、果実などを森は恵んでくれます。今度森に入るのは真夏を過ぎ たころ。野いちごを楽しめるといいなあと思っています。

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 モピ現在の動き

ICA関西より国際協力活動の

【次の一歩】をサポートする案件の募集案内 を入手、詳細は次の通り。

対象者 : 関西で活動しているNPO、NGO、任意団体、教育機関 対象活動:

1 国際協力活動に関する知識普及を目的として活動 (教材開発・日本での国際理解教育イベント=現地人材招聘も含む)

2 国際協力活動を目的とした調査活動 (現地支援活動、現地セミナー開催等)

3 草の根技術協力事業提案の事前調査活動

活動経費:

一件あたり25万円を上限。申請者とJICA関西との協議により決める。

対象期間:

合意締結後平成26年1月31まで。 申し込み締切り期限平成25年6月28日

金額は小額ですが、 郵貯事業で3年間日本の先生をズームブレン村の学校に派遣した実績がありますのでこの資金を使いこの学校の校長先生を日本招聘して2~3の学校訪問して頂く。

現在、奈良学園の西川栄子先生(郵貯事業2009年、2010年に参加)に相談に載っていただき 奈良学園小学校校長の了解を得ました。これから、いろいろ詳細をきめて申請いたします。

3年間、モピ事業に協力して下さった、デンベレル12年生学校のオンドルマー校長先生を日 本に招聘できることを願っています。

もしも、受理された時には、皆さまにお知らせいたしますので、ご協力をお願い申し上げ ます。現在、村上雅彦が奮闘中です。

◎モピ連絡室所在地、京都府長岡京市に市民活動サポートセンターに団体登録申請中です。

 

 編集後記

梅雨らしい空模様が戻りました。木々とともにホットしていますが被害のないことを祈り ます。梅雨が終われば夏、という季節どおり移り変わってほしいものです。 今年のモンゴルも雨が多く、草原にはよい夏がくると聞いています。

日本の夏は、また厳しいのでしょうか・モピ通信お楽しみください。

(事務局 斉藤生々)

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特定非営利活動法人 モンゴルパートナーシップ研究所/MoPI

連絡室
〒617-0826 京都府長岡京市開田 3-4-35
tel&fax 075-201-6430

e-mail: mopi@leto.eonet.ne.jp

本部
〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1

国立民族学博物館小長谷研究室内

tel:06-6876-2151(代表)

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