右肩下がりの思考法
『Voice from Mongolia, 2021 vol.77』
鈴木裕子さんのエッセイ
奈良学園小学校2年生の新聞
事務局から
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右肩下がりの思考法
(2021年6月18日・京都新聞夕刊 現代のことば 掲載記事)
日本学術振興会監事・文化人類学 (小長谷 有紀)
英科学誌ネイチャー2021年4月号のなかに面白い論文を見つけた。「人間は減法的(英 語では subtractive)変化を体系的に見落とす」という見出しである。
人は、技術の向上、諭述の強化、行動の管理など、もの、こと、状況について改善しょう というとき、起こりうる変化を頭の中で探索するものである。その際に、新しい構成要素を 足す変化(加法による変化)について考慮することに比べて、減らす変化(減法による変化)に ついて考慮することは得意ではない、という実験結果が提示されている。さらに「人間は加 法による変化の探索を体系的にデフォルト(初期設定)としており、その結果、減法による変 化を見落とす」傾向にあるという。
言い換えれば、何らかの工夫を足すという選択に比べると、現在していることを止めると いう選択はなされにくいということになるだろう。そして、この脳のメカリズムが、例えば、 画一的な官僚的形式主義がいつまでも終わらず、地球に対する破壊的な影響を緩和しなけれ ばならず苦戦してしまう理由の一つかも知れない、と結んでいる。
ホモ・サピエンス(賢い人の意味)は、およそ20万年前に誕生して以来、あらゆる艱難辛 苦を乗り越えるにあたって、知恵を発動し、どんどん工夫し、道具を開発したり、そう考え ると、たしかに、人はそもそも何らかの加法をもとめる生き物であり、結果的に右肩上がり を指向する生き物なのかもしれない。
ましてや、ビジネス界であれば、一般に、売り上げや利益は上がることを目標としている にちがいない。そのための阻害要因とみなされた点が引き算されることはあっても、引き算 そのものが目的になることはまれだろう。
一方、私たちは、いま、毎日のように、グラフをみつめてくらしている。折れ線グラフの 上下動に一喜一憂しながら、右肩下がりになることを強く願っている。しかも、おそらく、 世界中のひとびとと共に、同時に。
右肩下がりとは数値の低下を指し、営業成績なら憂えるべき事態とされるところだが、バ ンデミック(世界的大流行)を封じようと格闘しているいまだけは、右肩下がりこそは全球的 な目標である。もちろん感染者数や死亡者数を指していることは言うまでもない。
このような状況は、人類の認識の仕組みに大きく影響するかも知れない。パンデミックは これまで何度かあったとしても、現在のように、毎日、多くの人たちが折れ線グラフでチェックしていたわけではあるまい。可視化された減少傾向こそ愛でる、という経験を私たちは いままさに共有しはじめた。この共有経験が、これまで生来的に不得意だったかも知れない 減法的変化を導くようになればいいのではないだろうか。
地球の未来や日本の将来のために、さっさとやめたほうがいいにもかかわらず、やめよう としないことか多い。とのあえず、右肩下がりをもっと愛でてみよう。
『Voice from Mongolia, 2021 vol.77』
(会員 小林志歩=フリーランスライター)
「コロナ対策向けに外国から2兆トゥグルグ(約800億円)もの融資、100億トゥグ ルグ(約4億円)超の援助を受けながら、死者が出てもわれ関せず、国境のむこうに国民を 置き去りにした国が、競馬や相撲、オンラインのコンサートを開催し、大統領が画面のむこ うで拍手して祝福し、軍隊がにぎやかにパレードを繰り広げる――この時期において、そん なこと必要?」
(2021年6月17日、モンゴル人デザイナーによる Facebook 上の発信)
「NO NAADAM(ナーダムなんていらない)」「ナーダムは来年まで待てる」。 そんな発信がSNSから届き始めた。6月 1 日に国境を開いたモンゴルでは、高いワクチン 接種率にも関わらず、感染者数が減っていないと聞く。現地報道によると、公式発表で新
規感染2642人、死者11人(ゾーニーメデー紙、6月18日付)となっている。
民族の祭典ナーダムは、7月中旬の数日間開かれる。先日、某テレビ局が「ナーダムとパ ンデミックの現状」と題したオンラインの識者討論会を開いた。参加した J.アマルサナー医 師は、モンゴルで使用されたワクチンは、感染を防ぐ力についてはそう強くないものだった と指摘し、「2回接種後に感染して、軽症患者が出歩くことで感染を広げている」と発言。数 千人がスタジアムに集まりナーダムを開催することは必要ない、と話した。
国民社会保健センターの環境衛生部のソブド部長は、厳しいロックダウン解除との関連を 指摘し、「子どもの日、選挙、叙勲の授与式で人が集まったことと関係している」。
さらに、「ナーダムはオンライン開催に」「子どものワクチン接種を検討すべき」「ワクチン は2020年6月から接種された。半年から 1 年の有効性と言われており、3回目の接種が 必要となっている」などの意見も出された。
厳しいロックダウン、ワクチン接種を経てもなお、感染拡大が止まらないことのストレス。 人口に占める65歳以上の比率(高齢化率)が4.19%(世界銀行の統計、2019年) を考えると、死者数のインパクトも日本より大きい。高齢化率28%(同)世界一位の日本 と比較すれば、高齢者の比率は7分の1。東京都の分析では、コロナ感染により亡くなった 都民の8割以上が70代以上であったという。
やっと始まったワクチン接種だから「ワクチンさえ打てば、何とかなる」と思いたいが、 過度な期待なのだろうか。この夏開催予定の東京オリンピックの総予算は、1兆6440億 円(東京新聞、5月2日)という。オリンピックが終わり、コロナもそうこうしているうち に去るだろうが、その後に残るものは…?少なくとも、国の抱えた莫大な負債は消えること なく、子どもたちが背負って行くことになる。
今月の気になる記事
「あまり、良い出来じゃないけど…」。先日酪農家で働く技能実習生の若者が、お鍋からお皿 に入れてくれたのは、ウルム(牛乳を加熱、攪拌して乳脂肪を層に固めた、伝統的な乳製品)。
香ばしくて、濃厚で、思わずおかわりしてしまった。お茶がわりに注いでくれたボルソンス ー(脱脂乳)からは、ミルクの甘味が身体に染み渡っていく気がした。
モンゴルの乳製品の加工は、何だか、豆腐づくりに似ている気がする。鍋に入れ、熱にか け、静置したり、固めたり、脱水したりする。どちらも白く、栄養豊富である。
豆腐は、米国やヨーロッパでは確か、TOFUと呼ばれていた。モンゴルではドゥープー (дүүпүү)と呼ばれているのは、お隣の中国から入ったからだろうか。ちなみに、日本に豆 腐が伝来したのは奈良時代のこととされている。学ぶために、命がけで海を渡った遣隋使の 僧侶らを通じてのことだろうか。コロナ禍でも、いや、もしかしたら、自粛生活や健康志向 を追い風として頑張る、モンゴルのビジネス女性の話をどうぞ。
B.アマルバヤスガラン「豆腐は、100パーセント国産でまかなえる」
筆者/Ts.ミャグマルバヤル
今回はダワートゥグルドゥルビルグーン社のアマルバヤスガラン社長のインタビューをお 届けする。社名は、3人のわが子の名前を合体させたものだという。
-会社を設立されたのは何年ですか。当時は何人の従業員がいて、どのような設備で始めたの ですか。 「2014年に設立しました。当初は4人体制で生産を始めました。モンゴルで豆腐を製造 していた中国人からアイデアを得て、製造を手掛けたのです。どうして中国産の食品ばかり 輸入しなきゃいけないのか、自分たちで純国産を製造できないものか、と思ったのです。 だって、私たちは、純国産の肉を食べています。家畜の乳や乳製品も、混じりけのない、本 物を入手できます。それなら、植物性の食品だって国内産をモンゴル人に提供したいものだ、 の思いで始めたのです。
まず、製造に使う建物を見つけるのに苦労しました。賃貸の建物を探して、月に180万 トゥグルグ(日本円で約7万円)の家賃のところが、やっと見つかりました。私は以前、第 3病院で消毒の仕事に従事していました。医療機関での経験から、衛生を何より重視してい ます。食品加工に使うので清潔で衛生基準を満たさなければならず、施設を確保するために は高い家賃を支払うことになりました。当初は大きなリスクと隣り合わせでした。日に40 丁の豆腐、25キロの豆もやしを生産し、売れると喜んでいました。現在では、多くの優良 企業と契約して広く販売しています。創業時から7年の付き合いになる会社もあります。7 ~8人を雇用しています」
-あなたは、中小企業発展基金からいくらの融資を受けましたか。融資を受ける前の状況と、 その後の変化についてお聞かせ下さい。 「2018年に中小企業発展基金の融資を受ける申請を行いましたが、計画が不備で、選ば れませんでした。19年に再びウランバートルで申請しました。私は基金を担当している方々 に心から感謝しています。おかげで本当に必要としていた資金が得られ、110平方メート ルの用地を確保できました。7千万トゥグルグの融資により、工場の衛生上の問題を解決し、 内装も整えることができました。豆をすりつぶす機械と豆腐用の鍋も新調しました。 融 資を受ける前は、中国から25キロ袋で2-3袋の大豆を発注して入れていました。融資を 受けて現在は20-30袋単位で仕入れるようになりました。
特に、パンデミックの流行に際し、小規模融資があって助かった、と身をもって感じ続け ています。2014年に約2千万トゥグルグ(日本円で約100万円)かけて工場を建てま した。前向きに挑戦している人にとってはそう多額の投資でもないです。今後も投資を受け られるチャンスがあれば、もっと大きな工場を建設し、大豆を栽培する農業機械を入れて、 2交代制で12~14人を雇用できると考えています。生産能力を拡大することを目指して います」
-中小企業支援基金については色々と問題が取り沙汰されており、必要としている人に資金が 回っていないなどと批判の声が多くありました。あなたのように、基金の恩恵を受けた人と しては、どう考えていますか。 「私はそうした批判に賛同しません。必要としている人の手に渡っていると信じています。 さらに、食品製造業界を応援する政策をもっと実施してほしいです。すべての種類の野菜を 国内で栽培することが必要です。どんな野菜も輸入する必要がない、という状態になってほ しい。アジアには温暖で、湿度の高い国が多いです。大豆は、屋外で大型の設備を用い、4 日ほどで発芽します。しかしモンゴルでは、屋内で水に浸し、10日ほどかけて栽培します。 このように、栽培には様々な苦労があります。国内の需要を満たせるよう、まずは農業者を、 それから食品加工業者が支援を得られるようにしてもらいたいです」
-大豆、豆腐は人の身体にどのような良い影響がありますか。最近はみな栄養を考えて食品を 選ぶようになりました。 「大豆とその加工品である豆腐、もやしは、タンパク質そのものです。アジアのほとんどの 国では、肉と並ぶ存在です。菜食主義者は、肉の代用として摂取します。良質のタンパク質 です。豆乳は、人の内臓を浄化します。ホエーも同じ作用があります。現時点でわが国では まだホエーは十分に活用されていませんが。大豆かすは、家畜の飼料に使われるほか、アジ ア諸国では間接の不調の治療にも使われるとのことです。わが国の病院でも使うところがあ るそうです。養鶏の飼料にもなります。トゥメン・ショボー社(訳注/大規模な養鶏業者)で は鶏の餌に使っていると聞きました」
-生産に関しての様々な苦労や課題があることと思います。現在、差し迫った問題と言えば何 ですか。 「労働力が最も大きな問題です。現在モンゴル国では、働ける人が減っているような感じを 受けます。わが社はウランバートルからかなり離れています。スフバートル区の20街区の 町内会長に、働ける人材はいないか、聞いてもらいました。オフィスワークに興味がある人 は多いようですが、汗をかいて身体を動かして働きたいという人はなかなか見つかりません。 将来的には工場を拡大したいです。2交替制にできれば、生産も販売も増えますから」
-御社と同様の事業に取り組む会社はありますか。 「もうひとつ工場があるようです。外国の投資を受けている、中国からですね。中国料理店 に豆腐を供給していると聞きました。モンゴル人は、よく考える必要があります」
-大豆を栽培して、豆腐を生産してみることに興味を持っている人がいるのではないでしょう か。そうした人にアドバイスをお願いします。
「国内には、こうした食品の市場があります。何より大事なのは、がっかりしないことです。 何事も当初3年は辛いことも多いでしょう。負けずに努力を続ければ、成功することができ ます」
ゾーニーメデー紙より転載
2021年5月25日 ニュースボータルサイト https://www.polit.mn/a/89731 (原文モンゴル語) (記事セレクト・訳=小林 志歩)
※転載はおことわりいたします。引用の際は、必ず原典をご確認ください。
鈴木裕子さんのエッセイ集
(小長谷 有紀)
鈴木裕子さんからのお便りを掲載します。 鈴木裕子さんは、公邸料理人としてウランバートルにある日本大使館に勤務されていました。 それまで縁のなかったモンゴルと出会い、モンゴルの不思議な面白さを SNS でエッセイを発 信。それらの中からいくつかのエッセイを再構成してお届けします。いずれまた、ご本人に よる自己紹介もお願いしますので、まずはモンゴルの多様な側面に出会っていく彼女の声を お楽しみください。
乳製品◇幻の味ウーラック
自分で煮立てて飲むグラスフェッドの生ミルク。お鍋の 底のお焦げは子供のおやつ。
上に張る皮はまさに食べる厚さ。質の良いミルクはそれ くらいに濃い。しかしモンゴルのミルクには当たり外れが 大きい。個体差なのか、仔牛の離乳期なのか水みたいに薄 い時もある。だからわたしは、初乳に近いものは買えない かしら?と人にたずねた。返ってきた答えが、幻の味ウー ラック。
これは初乳をただ蒸して固めたものだ。お乳を蒸しただ けで固まる?なんて謎すぎる。モンゴルではホルスタイン などの乳牛は飼わないし、お乳の出が良くなる餌を与えた りもしないから、初乳はたいへんに貴重なもので、ミルク での流通はまずしない。けれどそのウーラックという食べ ものならばあるという。どうしたって食べてみたくなる。
どこでいつ食べられるの?と酪農家に訊ねた。その答え は、今年は難しいかもしれないというものだった。今年 は??昨年は雨が降り始めるのが遅かったし、少なかったから牧草があまりない。それにこ の冬は寒さが厳しかった。これでは、たぶん仔牛から横取りできるほどの初乳がでない。酪 農を営んでさえ食べられない年もあると言う。わたしはそんな食べ物がある事にますます興 味をそそられた。
でも作れる時はどこで買えるのかしら?とさらに取材だ。売りものじゃないんだよ。 お金を出しても買えないってこと?牧畜をする者にとって、これを家の外に出す事は縁起が 悪い。その家の家畜が飢える、減ると言われているのだよ。沢山の仔牛とミルクに満ちた年 に、僅かに作ったものを身内で、あるいは、家を訪ねた人に振る舞うそういうものなんだ。 それでは残念だが、任期中に口に入る事はなさそうだった。
禁猟のタルバガン(マーモットの一種)より更にモンゴルの幻の味!?わたしは叶わない ことへの憧憬も嫌いではないが、数日はその話でもちきり。滑らかな豆腐のようなウーラッ ク。豆腐よりは少し弾力と硬さがあるとはどんなものなのだろう?しかし強い願望は対象を 引き寄せるものなのか、数日後まさにそれを市場で見つけた。たまたまの連れが目に留めて 聞いてくれた。その生まれたばかりの二頭の仔牛のための初乳からのひと切れはもちろん買 った。
触ればプニプニと弾力があり、切れば絹ごし豆腐のようなつるりとした断面で、人の初乳 とは違って黄色味は帯びず、牛のお乳なのにというくらい脂がない。口にすれ意外に乳臭さ は感じない。豆腐に似るというのはその通りで、食感もだが味わいがタンパク質の塊そのも のなのだった。口に入れると???と思う間につるんつるんと喉を通ってしまう。
ミルクでできた豆腐。不思議なものがあるものだ。世の中には自分のそっくりさんが三人 いるというが、実は食べものものもそうなのかもしれない。ついミルクと思うからそのまま か、蜂蜜をつけてみたが、豆腐なら実は醤油わさびが合うのかもしれない。そう思って試してみた。ウーラックの醤油掛けはトリックアートみたいな一品になった。たしかにこれを乳 製品とわかる人は多くあるまい。けれどお乳は大豆ほどには醤油と合わない。
醤油わさびで食べてみて、一つ実感を深めた事がある。モンゴルの古典的な遊牧スタイル の食生活は、夏は白の食べもの=乳製品だが、これまでわたしはどこかで、お乳みたいなも ので夏が過ごせるか?と疑っていた。しかし、それはわたしの日本での貧しい乳付き合いの せいだった。モンゴルの力強いお乳を知るほどに、それはアリだと思うようになった。ウー ラックは、お乳は豆と同じようにタンパク質を食べることだと教えてくれた。姿は違えど同 じく人の命を繋いできた食べものが愛おしい。そして興味を惹かれる。豆だろうとお乳であ ろうと面白くて仕方がない。
干し肉◇一頭の牛も軽々
モンゴル人の友達の友達、70 代の男性がアルバムを片手に大学時代のハイキング部の話を してくれた。その流石のサバイバルに驚愕した。話はこんな風に始まった。 この間趣味のハンティングの仲間たちと学生時代にハイキング部で行った山裾までヘリで行 っだんだ。それがあんまりすぐ着くからびっくりしたよ。ハイキング部でそんな遠くまで行 かれたの?そうだね、夏の気候が良い時に 24、25 日野営したかな。え!野営!?男は銃を持 ってさ。え、女性も!?冬は僕みたいな余程のハイキング好きの男性 10 人ほどのグループで だったけれど、夏は男女合わせて 100 人近くになったよ。本当に!?とあまりにわたしが驚 くものだから、彼はアルバムと地図を持ってきてくれた。
水はどうされるの?だからこんな風に川べりを行くのさ。確かに地図に川がある。川を歩 いていれば、野生の動物も手に入る。獲れた時は生肉のご馳走だってみんな大はしゃぎさ。 当然みんなで捌いて料理だよ。あれは旨かったね。わかる。ここはモンゴルだ。獲物がない 時はどうするの?みんなリュックにボルツを詰めて行くのさ。ボルツを知ってる?来たばか りの頃箱詰めのほぐされたのを買って、同僚にがっかりされたけど、今はちゃんとしたのを 買っているわ。意外に高いのよね。まあ買えばね笑笑
今は食べる人も少なくなったけれど、これに少しの穀類と水があれば、野宿でも飢え知ら ずさ。毎日楽しくて疲れはしたけれど、ボルツのスープが体に染み渡って、、懐かしいな。 牛一頭をリュックに詰めてサバイバル、それを楽しいハイキングという青年だった彼らモン ゴル。私たち日本人の耐え忍ぶ系とはたくましさの種類が全く違う。
ボルツとはなんぞや?牛を厚地のステーキくらいの輪切 りにし、紐に通して洗濯物のように冬場半年間干したもの。 干し肉というと私たちは板状のビーフジャーキーを想像す るが、ボルツはフカフカとしている。完璧に乾ききりカサカ サとフェルト状だ。そして味は一切付いていない。イメージ としてはお肉のフリーズドライ。骨と皮を外せば、牛一頭が 軽く小さくなる。野生に近い生活をしている牛たちは皮の下 には脂肪の層があるが肉は赤身でよく乾く。戦国時代日本人 の兵糧食が味噌や炊いて干した飯ならば、モンゴルはコレだ った!?環境や歴史を知り、人の話を聞くほどに、食べ継が れてきたものの持つ命を支える力を思い知る。こんな話を書 いているとお漬物で日本酒が飲みたくなって困る。
伝統はどれが正しいではなくどれもが正しいと感じる。話 を聞いたとき、なぜか日本のお漬物とごはんがやけ恋しくな ったっけ。
肉◇肉こそ人が食べるもの
モンゴルの旧世代の人たちは、エビを赤い虫、葉物野菜は家畜の餌で人が食べるものでは ないという。確かにエビはよくよく見れば虫みたいだ。白眼がない目は飛び出していて、脚 はウジャウジャと生え、触角なのか髭なのかが長々と。殻は硬く、中身はくちゃりと柔らか い・・・あまり考えると食べにくくなってしまう。 虫と思えば食べられない気持ちもわかる。わたしもアマゾ ンの倒木に住む甲虫の幼虫がキャベツのクリーム煮の味が して美味しいと聞いても食べられない。誰かが見えないとこ ろで中身を銀のスプーンにすくい取り、山盛りの煌めく氷の 小片の山の上に乗せてくれたなら、パクッと食べられてしまうかもしれないけれど。
緑の葉を人が食べるものじゃないという方も、モンゴルの環境を想えば納得だ。乾燥と気まぐれなわずかな雨に育つ草 原の草は、私たちが日本で目にするような伸びやかで柔らか な草木とは違う。小さく硬く、生えてはすぐに消え、おそら く身を守るために苦い。生きのびるのにやっとな植物の身に は余剰なカロリーはない。人にとって薬にはなるかもしれな いが、ごはんの足しにはならない。植物だけで考えると食べ るものがあまりにないモンゴルの大地。けれど同じ大地は草 食動物の身体を通せば、お肉という豊かな食べものの宝庫だ。人の知恵はすごいものだ。
欧米の 1 キロのステーキ肉の生産に一万リットル以上の水や25キロの穀類を使う国々で、 環境に負荷をかける肉は食べないという考え方があるのもわかる。けれどそれを世界の尺度 にするべきではない。それをモンゴルの草原の暮らしは教えてくれる。お肉じゃなくちゃ食 べられない自然なんていうものも世界にはあるのだ。正解は一つではない。空気の中ですら うるうると水が溢れ、うるさいほど植物が萌え生い茂る日本を基準にモンゴルの食の背景は 想像できない。
旧世代の人たちは言う。野菜?肉の中にもう入っているじゃないか。もう食べているよ。 逞しい雑食性の人間。だから世界中にこれだけたくさんの人が暮らせるのだろう。お肉を食 べるのを正しい正しくないと断罪するのは、厳しい環境を家畜と共に生き抜いてきた人たち に失礼ではないだろうか、モンゴルに暮らしてわたしはそう思うに至った。 私たちがまだ目を向けていないだけで、世界は多様性に満ちている。
地域にもよるがこの地の人たちは水の中の生きものを積極的に食べてこなかったようだ。 ウランバートルの市場で生の川魚を扱う店をわたしは一軒しか知らない。
事務局からお知らせ
モピ通信紙面の都合で記事が前後していること、ご容赦ください。 モピ通信8月号はお休みです。229号は、9月1日発行いたします。 小長谷有紀著「人類学者は草原に育つ」も引き続き連載いたします。
(奈良学園小学校2年生担任 原野 潤子先生からの手紙です)
先日は、モンゴル体験ありがとうございます。コロナ渦でありながら、 ご配慮いただき工夫して実施できたことを何より嬉しく思います。 伊藤先生のお話をとても興味をもって聞き、三つの体験を心から楽しみ ました。馬頭琴を全員が弾けたことは子どもたちに嬉しかったようです。 ゲルの中に入ったことも、デールを着ることができたのも初めての体験 でした。異文化への興味の広がりにつながりました。
体験後子どもたちは学習の学びを新聞に書きました。二年生のつたな い文章ですが読んでいただければ幸いです。(3月17日)
モンゴル学習支援事業
奈良学園小学校 2年生担任原野潤子先生からの新聞が届きました。
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編集責任者 斉藤生
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