■NO 232号 モピ通信

 人類学者は草原に育つ

『Voice from Mongolia, 2021 vol.』 

  鈴木裕子さんのエッセイ

   新年会ご案内 

  事務局から 

小長谷 有紀著 人類学者は草原に育つ

(臨川書店フィールドワーク選書)9

変貌するモンゴルとともに

日本学術振興会監事・文化人類学

(小長谷 有紀)

第四章 博物館の収集活動 ―— 中国とモンゴル国

みんぱっくで学ぶ「人類の恵み」

みんぱくでは標本資料をスーツケースに入れて全国に貸し出すと いうシステムをもっている。「みんぱっく」と呼んでいる。たとえば、
「極北を生きる— カナダ・イヌイットのアノラックとダッフルコー ト」「アンデスの玉手箱— ペルー南高地の祭りと生活」「イスラム教 とアラブ世界のくらし」「ソウルスタイル— 子どもの一日」などがあ る。小学校など貸し出し、学校で授業に利用してもらおうというシ ステムである。私が理事としてかかわっている特定非営利活動法人 モンゴルパートナーシップ研究所(通称 MoPI モピ)では、いくつも のモンゴルパックを持っていて、これまでたくさんの学校等で使わ れてきた。「みんぱっく」を作る予算は限られている。だから、モンゴルをわざわざ作るつも りはなかった。民間団体がもっているものであっても、みなさんに使っていただけば同じこ とであり、みんぱくの予算では他の地域、他の集団の紹介ができるような「みんぱっく」を 作ればよいと考えていた。

しかし、今回、二○一一年にゲル一式を草原で直接購入することになったので、ちょっと 考え方を変更したい。ゲル一式の価格は、実はそれを日本まで搬送する費用にほぼ等しい。 もしくは少ないかもしれない。みんぱくの収集活動はもちろんすべて税金を使うことなので、 運送費が購入費よりも大きくなるくらいなら、ついでにもう少し購入したほうが効率的であ る。というわけで、「みんぱっく」のモンゴル版を作ることにしてスーツケースとその中に入 れる小物類を買い付けに出かけた。

ふつうなら、一つのモノを買うのに迷う。何色にするか、どの柄にするかと。しかし、今 回は複数の色や柄があればできるだけ買うように努めた。同種の「モンゴルパック」を複数 作らなければならないから、同じ物が複数必要なのである。子ども用の民族衣装も大小さま ざまあるなかから、大小さまざまに購入した。こんなに気持ちの良い買い物はなかなかない だろう。器となるスーツケースも買って、実際に購入したグッズを入れてみて、もう入らな いというところで購入を止めた。現在、「モンゴル− 草原のかおりをたのしむ」というタイトルで貸し出しされているので、ぜひお手にとってお確かめください。草原のかおりがするか どうか。一部のものをのぞいて、ウランバートルで買い付けているので、ウランバートルが 臭うかもしれない。

このとき、スーツケースはその中身とともにコンテナのなかに入れた。ただし、馬頭琴だ けは、コンテナのなかで破損する恐れがあったため、人に手ずから持ち帰ってもらうよう依 頼した。実は、その夏、東北大震災で被災した塩竈の子どもたちにモンゴル草原を味わって もらおうという企画をモピが実施していた。招待したのは子どもたち四人と先生一人の合計 五人。そこに医師や看護師を含めておよそ十人の一般参加者が加わっていた。彼らが加わる ことで、一人当たりの旅費の単価を下げて、子どもたちの招待を容易にしたのである。言い 換えれば、一般参加者は少しずつ子どもたちの旅費を負担してくれていたことになる。こう いうしくみであることを、招待されたほうが理解したかどうかはわからないけれども、そう いう工夫で運営した。大きな寄付をしなくても、自分がプログラムに参加することによって 小さな負担で何かを実施することができるしくみである。この一般参加者たちのうち、若者 四人に、一棹ずつ馬頭琴を持って帰ってもらい、帰国後、みんぱくに送っていただいた。「立 っている者は親でも使え」というくらいだから、動いている若者は積極的に使った次第であ る。

ところで、小学校二年生の国語の教科書に「スーホーの白い馬」という話が掲載されてい る。教科書の後ろのほうに掲載してあって、たいてい二月ごろに学習することになる。そん なとき「モンゴルパック」を使っていただければありがたい。先生や子どもたちが着ること のできる民族衣装のほかに、ウマのあせとりベラや鞭などウマ関連グッズのほか、モンゴル の子どもたちがよく遊ぶおもちゃも入っている。絶対にお役に立つこと間違いない。以下に 二○一四年二月現在でもっとも新しいお便りを紹介する。モピが貸し出したあと、子どもた ちの感想文を先生が送ってきてくださった。そのなかの一つである。子どもたちがモノに触 発されて発揮する力はなかなかすごいという事実をここに紹介し、「モンゴルパック」の宣伝 に代えたい。官民問わず、いずれのパックであれ、利用していただければうれしい。小学校 二年生の使う漢字はかぎられているので、一部漢字に変換して紹介しよう。

先生、あのね。モンゴル体験でいちばん印象にのこったのは、デールを着たことです。

ぼくの着たデールの柄は、なにも柄がない、紺のものでした。いちばん遊牧民みたいだっ たけど、もうちょっと派手なのも着たかったです。先生の着たのは、なんだか貴族につかえ る武士のようでした。みんなの衣装も似合っていました。数珠がついた帽子や金色や青がま じったデールがあって、ちがうみんなが見れました。

ほかにもゲルに入ったりモンゴルジャンケンをおぼえたり、馬頭琴の演奏を聞いたりいろ いろモンゴルの文化が分かりました。ここで一句。

たくさんの 花咲く文化 満開だ 一生枯れない 人類の恵み

小学校二年生の「一句」が私たちにふたたび仕事の原点を指し示す。

『Voice from Mongolia, 2021 vol.81』

(会員 小林志歩=フリーランスライター)

「化石燃料ではなく、再生可能エネルギーを!」
中学校3年生 角谷樹環(かどやこだま)さん

国際協力機構(JICA)北海道センター前での抗議行動で掲げたメッセージ(2021年10月)

「火力発電を支援し、日本は環境破壊を助長させている」という意見がある。しかし現段階 では環境に優しく有効な発電施設を造ることは資金、技術的に困難で、日本政府ができる最 大の支援がこの発電所の支援であったのであろう。日本では快適に過ごす手段として夏場に 冷房を利用し、電力消費量は高まる。反対にモンゴルでは、凍死しないために、冬場の電力 (熱水)消費量が高まる。このような状況の違いを認識して、発電所支援を再検討すると、 やはり必要性は感じざるを得ない」

ODA民間モニターとしてモンゴル第4火力発電所を視察した日本人男性(2006年)

「また危機的状況が発生する可能性は非常に高い。第4火力発電所は、羊の群れをたった1 頭で見守る馬のようなもの、ウランバートルの電力需要の73%、暖房の65%を供給して います。1か所の発電所に頼り、代替の仕組みもないので、修理を完全に行うことも困難で す。第4火力発電所に準ずる供給能力を有する発電所を建設することが喫緊の課題」

国家顧問技術者、エネルギー監査担当者 Ts.ナツァグドルジ 2018年に第4火力発電所が停止した事故後のインタビュー

10月下旬、地元紙に掲載された小さな記事から目を離すことができなかった。 私の住む帯広市の隣町・幕別町の中学生の女の子が、グレタ・トゥンベリさんに触発された 若者らによる「世界気候アクション」に参加して、国際協力機構(JICA)北海道センタ ー(帯広市)前に2時間立ち、たったひとりで抗議メッセージを掲げた、との内容だった(北 海道新聞、2021年10月23日付)。JICAを選んだ理由は、発展途上国で石炭火力発 電事業を展開していること。数年前にウランバートル郊外で見た光景が、よみがえった。

2018年7月、第4火力発電所に面した工業地帯を車で走っていたときのこと。粉塵の ような、黄色味を帯びた土煙が辺り一面にたちこめていた。運転していたモンゴル人のビジ ネスマンは、「この汚染については、政治家も、誰ひとり口にする者はない」と話した―――。

興味をひかれてシャッターを切ったものの、それっきりになっていたのだ。中学生の抗議 行動がなかったら、思い出すこともなかったかもしれなかったが、まずは知ることから始め たい。モンゴルにおける第4火力発電所の現状、そして日本の援助はどのように行われて来 たのだろうか。

ウランバートル市の第4火力発電所は、旧ソ連の設計、製造により、今から半世紀以上前 の1968年に建設されたモンゴル最大の火力発電所だ。JICAのウェブサイトの説明に よると「旧式システムのため燃焼効率が悪く、多量の石炭を消費するため、大気汚染が深刻 化していました。また、熱供給用温熱水の温度低下が頻発するなど、市民生活に深刻な影響 を及ぼしていました」。モンゴルの火力発電所は、電力のみならず、その温水が暖房システム に活用されているのが特徴である。燃料は、同国内で豊富に産出される石炭だ。

日本政府は、社会主義崩壊後まもない1992年に15億9800万円、96年に11億 7300万円(いずれも最大限で)の2回の無償資金協力(返す必要なし、つまり差し上げ る)、95年に44億9300万円(金利2.3%、30年で償還、10年据え置き)と20 00年に61億3900万円(金利0.75%、40年償還、同)の円借款で、発電所の効 率化、持続的に使えるようにする改修工事を支援して来た。

もちろん資金のみではない。1996年から2001年までは専門家、2002年から2 007年は大手電力会社のOBらシニアボランティア11人を派遣しての技術指導が行われ た。発電所の経営・業務改善から、労働管理、環境管理、機械のメンテナンスと修理改造、 溶接まで、「日本式」の指導は多岐に渡っている。

冒頭の市民モニターの発言は、技術支援の終わる2006年当時のものである。モニター の語るところでは、視察団に対し、1400人の従業員を擁する発電所を経営するモンゴル 人の社長が、「苦しい時の友は真の友」との意のことわざで感謝を表現。ロシアの技術者が引 き上げた当時は深刻な状況だったが現在は順調に稼動していると語り、「ウランバートルの中 で一番安く電力を供給し、社員にも一般水準より高い賃金を支払っている」と胸を張った。 モニターからは、「旧ソ連時代の手動制御システムから自動制御システムになった事や操作訓 練施設を作った事で人為的ミスや事故を未然に防ぐ事が出来る」との意見もあった。

20年以上にわたるODA(政府開発援助)の効果について、当時 JICA は1設備改修により、 設備の信頼性、オペレーションの安全性が向上して事故が減った2故障や点検で発電所全体 を停止する期間にロシアから購入していた電力輸入量が減少3モンゴル政府の外貨建て支出 の削減4燃焼効率が向上し、省エネ効果と大気汚染ガスの削減が実現5電力・温熱水の供給 量は上昇――と総括した。

それから10数年後の2018年9月15日、第4火力発電所が停止する事故が発生し、 ウランバートル全域といくつかの県が停電に陥った。幸いにも厳冬期でなかったが、事故の あと、記者からこんな質問が投げかけられている。「エネルギー危機が間近に迫っていること を思い知らされました。30~50年経過した発電所の技術や能力が落ちていることの証左 と見ていいですか?」 (https://news.mn/r/2004760/) 胆振東部地震により北海道全体が大規模停電(ブラックアウト)に見舞われてから9日後の ことだった。(次回に続く)

今月の気になる記事

コロナ禍の夏、久しぶりに集まったモンゴル女子たちは、豪快な羊肉の蒸し焼き料理ホル ホグに目を輝かせた。特に彼女らを喜ばせたのは、羊の頭部のグリル。流行りの服を着、完 璧に化粧した若い女性がそろって骨付きの羊肉をほおばる様子に、モンゴル人にとって肉こ そが主食なのだなあと改めて感じた。これは伝統的な「顔」の部類だが、時代は刻一刻と変 わっている。ここ数年、モンゴル女子から問い合わせが多い商品の上位は、スピルリナ(藻 類由来の健康食品)や全粒粉である。インターネットの普及により、ところ構わず打寄せる 情報の波が、世界を瞬く間に<更新>していく。私たちは、10年前には想像もできなかった今日を生きていると思う。

A.オユンビレグ「なぜ肉を食べてはならないか理解すれば、ベジタリアンになるのはたやす い」
筆者/B.ドルジンジャブ

ヴィーガン(ビーガン)、ベジタリアンになって15年、という A.オユンビレグに、ヴィーガ ンの利点、子どもをどのようにヴィーガンにさせたかなどについてインタビューした。現在、 3人の子どもたちを含む家族全員で菜食を実践している。

-肉食をしないひとびとを称して、ツァガーン(白)ホールトン、ノゴーン(緑)ホールト ンなど何通りかの呼び名があります。どんな違いがあるのでしょうか。 「ノゴーンホールトンと言えば、乳製品を使ったお粥や玉子は食べる人だと思います。同じ く、乳は摂取する人々をベジタリアン、ツァガーンホールトンといいますが、玉子を食べる なら肉食と変わらないと見なします。私個人について言えば、ヴィーガンであり、ツァガー ンホールトンです。植物由来の食品のみを摂取し、乳と乳製品は摂らないです。 -どうして、ヴィーガンになろうと決めたのですか。 「子どもの頃から、肉が好きではなく、食事のときに肉をよけて残す子どもでした。初めて シュリ・シュリ瞑想センターに行き、正しい食品摂取の考え方を知り、野菜のみを食べるよ うにしてみたところ、自分にぴったりだと感じました。夫も菜食に興味があったので、アリ ャバルの瞑想センターに通い始めました。大学生のときに、センターについて下級生から聞 いたことがあったのです。こうしてそれぞれがセンターの推奨する戒律を受け入れ、菜食主 義になり、以来何年も、瞑想も生活に取り入れています。当時のモンゴルでは、菜食につい てはまったく知られていませんでした。菜食について知ってもらう活動を始めたばかりで、 ランチを食べに行って、午後の授業に遅れることもありました」

-菜食主義者の84%が肉食に戻る、との調査結果があるようです。理由は何でしょうか。 「それは間違った情報です。菜食主義、ヴィーガンだと言うと、『たんぱく質が不足しますよ』 などと言われます。実は、肉にはそんなに多くのたんぱく質は含まれていません。私たちが よく食べる大豆や豆類は、肉より多くのたんぱく質が含まれています。また、モンゴルの、 夏暑く、冬非常に寒い気候には菜食主義は合わない、と言う人までいます。しかし、ヒトの 身体内部の組織、十二指腸は、草食動物と同じなのです。そう考えれば、ヒトは元々肉を食 べる必要はないのです。

ヒトはなぜ肉を食べるべきでないのかを理解すれば、菜食主義になるのはたやすいことで す。現代社会で、いかに正しい情報を得るか、それが、健康で長生きできるかどうかを左右 します」

-では、ヒトはなぜ肉を食べてはならないのかについて、詳しくご説明いただけますか。 「先ほど言ったとおり、私たちの身体の組織のあり方と関わっています。ヒトは、動物を大 事にする、と言いながら、肉を食べる。これは、あり得ないことだと、理解することが必要 です。また、健康でいたいなら、食事を軽くすればするほど、身体はエネルギーで満たされ ます。重い、量の多い食事を食べると、胃が完全に消化できず、疲れる、または、強い眠気 におそわれます。わが家では、しっかりした食事は1日1回。それ以外は、果物、ポタージ ュスープ、小麦粉で作られた食品など消化の良いものを口に入れます。夕方5時以降に肉を 食べると、胃の中には完全に消化できず、古くなった内容物が残ります。多くの人は夜9時 から10時頃に食事をしますよね。

そして、朝お腹がすいて目覚めるのではなく、朝から食べられない、と言います。これは、 就寝時に、胃のすべての蓋が閉じた状態になることと関係しています。とはいえ、食べたも のは消化が終わらないので、胆のうから肉を消化するための酵素というか酸が出続けることになります。つまり、胃が外から焼かれ、潰瘍ができやすい状態にするのです。満腹になる まで食べると、未消化の状態で残った食べ物の臭いは、朝胃の蓋が開くと身体から発せられ るために、満腹のままのような感覚が生じてしまう。

自分の身体の中に、古くなった食べ物が溜まって、そのにおいを発しているのですから、 身体にゴミがたまっている状態となり、顔に湿疹や吹き出物が出来るのです。顔の皮膚は、 その人の健康状態を表しています。皮膚の問題の75%は、適切な食事と生活習慣によるも ので、残る25%は清潔に保つなどの手入れによります。多くの人は、外側からだけアプロ ーチします。高い化粧品を使う前に、身体の健康を取り戻すことです」

-大人も子どもも、多くの人が体重超過に陥っています。食事療法でどの程度解決できます か。 「瘦せるためには、食事が80%、運動が20%の割合で影響しています。太るときは、運 動、食事、ストレス、糖分の摂取量など多くの要因が作用します。一例ですが、1 日一度しか 食事しない人が太るとすれば、長時間空腹状態が続くため、身体の組織が外から摂取する栄 養分を、内部から、つまり筋肉量が減り、脂肪になり、太っていく。一般に、体重が、標準 と比較して5、6キロ超過すれば、糖尿病の前段階に進んだと見られます。また、キャンデ ィやチョコレートなどを食べ過ぎてしまうなら、ミネラル、ビタミン不足に陥っていると見 られます。甘いものが欲しくなったときは、果物やベリーを食べ、カルシウムを補給すれば、 甘いものを食べたい気持ちがおさまります」

-生後6か月から、ボル・ホール(訳注:全粒粉、玄米などの健康食)に慣れさせるべきと 言われます。お子さんは、肉を食べさせてから、菜食主義を始められましたか、ご経験をお 聞かせください。 「いいえ、妊娠期から出産直後も菜食のみでした。子どもたちも、幼い頃から菜食を始めま した。子どもたちは肉を食べたことがありません。子どもの健康は、家庭の食生活によって 作られます。遺伝的な影響はさほどありません。適切でない食生活から病気になるのです。 ベジタリアンの女の子たちへの助言としては、出産後には海藻入りの、そばの実などの入っ たスープを食べることが必要です。母乳が十分でない場合は、植物由来のミルクや豆乳を飲 むのが良く、子どもらにもヴィーガンナッツ、コーンなどの代替乳を与えればいい。4か月 になれば、米の汁、野菜のポタージュを食べさせ始めるのです」

-子どもたちは、他の子どもたちのようにピザやフライドチキンを食べてみたい、と言いま せんか。 「いいえ、それどころか、嫌悪しています。幼い頃からの習慣で、どんな食品も何が含まれ ているか表示を読んで、自分にとって食べてよいかどうかを判断してから口にする習慣がつ いていますから。学校給食では、小麦粉製品などは食べますが、その他については、持参し たものを食べます。私たちは、肉のにおいには、耐えられないのです。肉を食べる人たちは、 肉の強いにおいや味を感じなくなっています。肉は風味が強いので、それを抑えるために塩 などの調味料をたくさん使って食べるのに慣れてしまいます」

取材:www.polit.mn
2021年10月27日 https://www.polit.mn/a/92434

(記事セレクト・訳=小林 志歩)

 ※転載はおことわりいたします。引用の際は、必ず原典をご確認ください。

鈴木裕子さんのエッセイ集

木裕子さんからのお便りを掲載します。 鈴木裕子さんは、公邸料理人としてウランバートルにある日本大使館に勤務されていました。 それまで縁のなかったモンゴルと出会い、モンゴルの不思議な面白さを SNS でエッセイを発 信。それらの中からいくつかのエッセイを再構成してお届けします。いずれまた、ご本人に よる自己紹介もお願いしますので、まずはモンゴルの多様な側面に出会っていく彼女の声を お楽しみください。

乳製品◇馬乳酒案内

(鈴木 裕子)

馬乳酒が一斗樽ならぬミルク缶一つ。田舎に 馬を飼う方から同僚たちへの差し入れをみんな で山分けした。この発酵飲料は飲む度にコクや 酸味、発泡度や味わいが違うが、それはこれが 生きている飲みものだからだ。モンゴルと言え ば馬乳酒。わたしは愚かにもこの地に来るまで いつでも飲める、お金を払えば手に入るものだ と思っていた。今思えば、流通の渦の中に暮ら す日本人らしい発想だった。馬乳酒はウランバ ートルに住んですら、季節の夏ですら、何時で も何処でも手に入るものではなかった。 

馬乳酒は仔馬がちゃんと育ってきたのを見届 けてからお乳を必要としなくなるまでの短い間、 人が馬から横取りする生乳で作られる。そのお乳は大地に仔馬をつなぎ、数時間ごとに授乳 途中に仔馬を母馬から引き離して搾る。また牛と馬の姿は似ているが生殖の仕組みは大きく 異なり、牛が21日周期で発情するのに対し、年に一度しか発情期を持たないから季節限定 となる。実のところ馬乳酒は夏の三ヶ月ほどの短い間しか作られない。

そして搾乳も牛のそれとは比べものにならないくらい手が掛かり量も少ない。牛なら朝夕 二回搾乳すればいいが、巨乳の馬はいないので、二、三時間ごとに。それでも一日乳量は牛 には及ばない。写真のように子馬を繋ぎ授乳の途中から人が搾乳する。

馬のお乳から何故酒が?といえば、それは脂肪とタンパク質が少なく人のお乳ほどに乳糖 が豊富だから。チーズやヨーグルト作りには向かないが、糖はアルコールに分解できるから お酒になる。現地でアイラグと呼ばれるこのお酒は乳糖の酵母と、アルコールを生む菌 によって生まれる微発泡のデリケートさん。沢山撹拌して作ることが最も重要で、これ を怠ると美味しくならないばかりか、ただ酸っぱいだけ。美味しさの為ならえんやこら だ。

馬乳酒はお酒とはいえ、アルコール度は低いのでモンゴルでは子供からお年寄りまで みんなが飲んできた。馬乳酒は、野菜を取らないできたモンゴルの人たちの貴重なビタ ミン源にもなって健康を守ってきたのだ。のみならず腸内環境を整えてくれ、呼吸器に 結核や肺炎によく、コレステロールや中性脂肪も下げてくれる。慣れないと匂いや酸っ ぱさ苦さに苦手な方もいるかと思うが、慣れてくると体からうれしいが聞こえてくる。 そう、モンゴルの食べものは舌だけでなく体の声を聞いて愉しむべし。

友人は蜂蜜を混ぜると酸味が和らぎコクが出て味が一変すると教えてくれた。これは 病みつきになる。面白いものでほんの半匙を混ぜるだけで乳を離れた洗練された味わい になる。まろやかで複雑、癖が味わいに豹変する。

同僚は時期になると、ゲルの天井から牛の皮で作った30L 以上入る袋を吊るし、交代で疲れるまで混ぜると楽しげに教えてくれるが、馬乳酒は市場などで見かけることはほ ぼない。モンゴルの人は大抵が田舎や人と繋がっているから、仮にそこら辺で売ってい たとしても素性の知れない馬乳酒をよろこんで買いはしない。彼らがスーパーにゴロゴ ロしている羊の頭を信用せず、余程のことがないと買わないのと同じだろう。

旅人にはなかなか出会うチャンスがなかった馬乳酒だが、現地にお住いの方からうれ しいニュースが届いた。馬乳酒の三大名産地の一つボルガン県のサイハンソムが5リッ トルの発酵に爆発しないペットボトル入りを発売したという。域内牧民さんから買い取 り契約をしていて産地そのものの味だそうだ。

自然◇命は貴重品

郊外に出ると、日本人の感覚からすると、散らばる家 畜が思いの他少ないことに気づく。それは厳しい冬があ るからだ。草原には、乾きがちな土地が扶養できる適正 数の動物たちがいるのだ。よくよく考えてみると、モン ゴルで飼われている家畜たちの出産頭数は少ない。

豚のように一年に20頭なんてものはなく、ヤギ、羊 でもせいぜい二、三頭、他はほぼ一頭だ。

モンゴルの人たちは都会田舎を問わず、その年の草原 の雨雪の様子をとても気にする。

雨雪が家畜の命を支えている。春、雨が降らないと草が 芽吹かず家畜が大きくならないし、生まれたばかりの子 供や弱いものは死んでしまう。夏、雨が足りないと草が 多く大きくならないから、寒くなる前に餌が食べ尽くさ れ、家畜たちが冬食べるものが足りなくなってしまう。 秋、雪が降らないと大地を撫でる風に乾燥した草がどこまでも飛ばされてしまう。そし て冬場、大地を薄く雪が覆っていればいいが、そうでないと雪を飲みものとして食べる 家畜たちは乾きに苦しむことになる。そして、雪が多すぎれば、家畜たちはその下の枯 れ草までたどり着けず飢えて死ぬ。ソドと呼ばれる寒波に家畜の三分の一が餓死するこ ともある。

餓死。それはかなしい。飢えて死ぬものもいるが、普段は避けて通る毒草を口にして 死ぬものもいる。それは自殺のようだと話を聞かせてくれた人は瞳の奥を暗くした。 そればかりか、同胞の飢えて死んだ体を食んで生き残るものもいる。下顎の歯を使って、 毛を毟り取り肉を食む。どんな気持ちがするのだろう。背筋が寒くなる。普段は使わな い歯を使いむしゃむしゃと。その痛ましさは言葉にできないという。殺される一瞬と飢 えて死んでいくこととは訳が違う。

生きることは容易ではない。それを家畜たちも、家畜と共に生きる人たちも知ってい る。家畜はたべものだが大切な命、それを生きもの同士として感じ合う、それがモンゴ ルだ。あたたかで懐の広い人たちに接するたび、わたしは、命を大切に思ってきた彼ら の心根に触れる気がした。

石炭を焚た冬のゲルの空気があまりに暑かったので夜中に目が覚めた。山羊や羊のフ ェルトの断熱性は想像以上だ。蒸し焼きになってしまうとドアを開けた。天の川が暗い 地平線から始まり天空を横切りまた地平線まで流れていた。そんな夜空を眺め流れ星の 一つもあって不思議ではないと、ふと探そうとしたがやめた。星多くして人少ないこの 地で流れ星は悲しいものだ。人は自分の星を持って生まれ、流れ星は誰かの死なのだっ た。物音ひとつない外から流れ込む冷たい空気が頬をくすぐりなが、室内に流れ込む。

人間の作った空間に自然が入り込む。ゲル中心には二本の大黒柱と目に見えない神様。 ゲルとは人の作った最低単位の結界のようだと感じた。

外を眺め、いきものの気配のない自然の中で一人目を覚ましていると、空でも、地面 でもない命ある自分がすごく実感される。能動的な有機物である自分は大きな自然の中 でとても稀少なものに思えた。なんといえばいいのだろう?生きている実感に不意に心 が占領された?多くの時間を過ごしてき東京の真ん中ではいつぞ感じたことのない感覚 だ。命は貴重品。何となくこの感覚が遊牧生活の真ん中にあるような気がした。

モンゴル人は、人に向けると刃物は伸びると諺し、それをとても嫌う。ハサミの刃で すら開いたままにすることを誰もがかたく戒める。家畜の命に支えられて生きながら、 無駄な殺生はせずできる限り生かす。殺す事は出来たらしたくなく、必要な場合に限る。 少ない命は大切に。その民族感情は命は貴重品。憎いから、欲から殺すというのは、自 然の中に暮らさない人の発想ではないか、ポツリとそんな考えが落ちてくる。話に聞く 昔のタイプの遊牧民の心根が、何かに似ていると思ったが、それは、リトルトリーとい う本で読んだオールドアメリカンのインディオの血を引く家族の暮らしや価値観だと思 い出した。自然は人を命に対して真摯にする。そういうことなのだ。

部屋がひんやりしたところで扉を閉めた。まだストーブは炎を揺らめかせている。寒 くなった頃、また石炭をくべに来てくれる人がいるありがたさに再度寝床についた。す べてにおいて、足りないものは何もない。生きているとはそういうことかもしれなかっ た。

2022年・新年懇親会&例会のご案内

(担当:村上 雅彦)

コロナ感染予防のため、2年間みなさまに会う機会が得られませんでした。
第 6 波が来ないうちに、是非という声が上がり開催を決めさせていただきました。久しく先 生を囲み、新年をお祝い、みなさまとの交流を深めたいと思います。 是非ご参加ください。

日 時 : 2022年1月22日(土) 午後1時 ~ 場 所 : 北京料理 “除園”

大阪市西区江戸堀1-15-30 (TEL06-6448-5263)

地下鉄四つ橋線肥後橋駅 2番出口徒歩1分
費 用 :一人4000円 (但し、男性はアルコール代実費負担)

尚、テーブルの準備のため1月10日までに (mopimail/mopi@leto.eonet.ne.jp 又は、(tel:075-201-6430) に連絡をお願いします。

事務局からお知らせ

(斎藤 生々)

2021年コロナで明け暮れた一年になりました。新しい年に6波が来ないことを願うの み、皆様にとっても穏やかな年でありますよう… 新年懇親会でお会いできますよう、たくさんの方々の参加を待っています。

(サロール画)

2021年4月225号に掲載してものです。今回、原画がとどきました。

全く迫力が違いましたので再度掲載いたしました。

**********************************************************************************

特定非営利活動法人 モンゴルパートナーシップ研究所/MoPI

〒617-0826 京都府長岡京市開田 3-4-35

tel&fax 075-201-6430
e-mail: mopi@leto.eonet.ne.jp

URL http://mongolpartnership.com/  

編集責任者 斉藤生

**********************************************************************************

カテゴリー: モピ通信 パーマリンク